ORECHIGOKU

ひとこと

信頼できる情報源から入手したとされる根拠の無い情報によって、私達の心は、少しずつではあるけれど着実に、まるで万力のようにギリギリと、無自覚なままに蝕まれているのです。そのことに気づいてしまった私は、厳しい現実から逃げるように乳首ヶ丘の高台に登り、かつて過ごした穏やかな人たちとの日々を思い起こしています。その思いはいつか風に乗り、かつての信頼できる情報筋の人々の耳まで届きます。平穏だったはずの日々は、情報筋の人たちによって都合よく加工され、人々の食卓へと届けられます。それを口にした皆様の心はまた、ジワリジワリと蝕まれていくのです。

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このページと管理人について

H.B.ストラス
流浪のWEBクリーチャー。
世紀をまたいでなおもしぶとく続いている何だかわからない雑文が日々ダラダラと書き加えられていくというあまりエコ的な観点からするとエコではないサイトだかページだかマァなんて表現したらよいのかよくわからない今日この頃です。そんな感じでよくわからない人間がやってます。むしろ分ろうなんてしなくてイイんです。皆さんにはきっと他にもやるべきことがたくさんあるはずです。
Sorry Japanese Only
shiromuku(fs6)DIARY version 2.41

お知らせ

  • 画面を少し横長にしたり、ソースをキレイにしたり、画像をいろいろ変えました。<2017.03.5>
  • 気が付いたら表示が崩れていたので、少しスタイルシートを直しました。<2016.01.27>
  • ブツクサを右に。3カラムにしてみました。昔の雑なコーディングに悪戦苦闘。<2014.09.16>
  • ブツクサ言い始める。<2011.06.19>
  • 取り敢えず再公開。<2009.12.26>
  • さらに面倒くさくなったのでブログシステム的なものを導入しました。<2009.12.24>
  • 面倒くさい部分はDreamweaverさんにやって貰うことにしました。たまにはツールに頼ることも大切ですよね。そして思っていたよりもカシコイ<2009.1.14>

雑記

2011年09月26日(月) ハイハイシーシー

今年の初めに左奥歯の詰め物がとれたのですが、何かと忙しい時期だったということもあり、マァ確実に食べた物が歯に詰まるのだけれど、別にそれで死ぬわけでもないし、取り急ぎは都度ツマヨージ的なものでシーシーしていけばイイか、などと突貫的かつ楽観的な対応をしていたわけなのですが、次第にその突貫的対応が自分のライフスタイル的なトコロに根をはりだしました。

最近では、出来る限り右奥歯に頑張ってもらいながら咀嚼、食べたらシーシーなシーシーライフイズマイライフすなわちシーシーしない人生なんてありましっけ?生まれてこのかたシーシーじゃありませんでしたっけ?というくらいの開き直った心意気さえ持つようになってしまっていたのです。

内心では、こんなこといつまでも続けていてはダメだ、と思いながらも。

そして昨日ついに、過度の負荷に耐え切れず、右奥歯の詰め物が外れました。

いつかはこの日がくることは判っていたこととはいえ、それはあまりにも唐突に、残酷な現実をボクに突き付けました。
こんなことならば、もっと右奥歯の詰め物を大切にしてあげるんだった。アイツがボクに悩みを打ち明けてきたとき、もっと親身になって聞いてあげるべきだった。

などということはなく。

早く歯医者に行きたいトコロ。
でも歯医者、こんな口内環境にしてしまって、怒るんだろうナァ。
ああ、面倒臭い。
2011年09月20日(火) 僕らが働く理由、働かない理由、働けない理由 / 稲泉連

筆者とは同年代。丁度、フリーターとブルーカラーが大半を占める地元の仲間と呑んだ翌日、この本を読み終えたわけなのですが、ソコでも色々と人生的な話になったのですが、なんだか似たようなハナシというのはどこにでも転がっているものですね。このテーマが、例えば僕達の上の世代の視点から書かれたものであれば、間違いなく「大人になりきれない」といったような言葉で切り捨てられてしまうのでしょうが、それを言い訳がましくも、青臭くも、僕達の世代は僕達の世代なりに考えて、悩んで生きているのだと書いた、ということにこそこの本が世に出た意味というのがあるのかもしれないナァなどと偉そうに思ったのでした。

できればムズカシイことは考えないで、楽しく生きたいものですね。
2011年09月12日(月) カテドラル的な何か
冷蔵庫を新しく超巨大なものにしたら、なんとなく他にほしい物が見当たらなくなり、心にポカリと穴が開いたみたいだけどぼくドラえもんがいなくてもちゃんとやっていけるよと、猫型の青い機械と約束をしたことが頭をよぎったのですが、飲みたいときにお酒も麦茶も冷えているという環境というのは、なかなか悪いものではないので、すこしおちついたらまた物欲のようなものも戻ってくるのではないかとぼんやりと思っている今日この頃です。

先週末は、高校の同級生が高校の同級生とした結婚のパーティーがありました。祝福に訪れる人も大抵が高校の同級生的な人々で有りますからして雰囲気はといえばなんというかまったくもってこれは高校の同窓会のようではないか、というような非常に懐かしく楽しいひとときでした。良かったなぁと思うのは、昔の話にハナを咲かせるというかそういった方向へ会話が進んでしまうようなこともあまりなくて、どちらかというと会話の中に前向きに生き進んできた人々の歩み的なものがしっかりと感じ取れたというか、そんなことを思ったのは自分一人かもしれないですが、少なくとも個人的にはそういったことを勝手ではあるものの感じ取ったわけでありますからして、折角感じ取ったものであるから、それを糧にしようと、マァなんでも糧にしようと思っちゃうんですけど。

冷蔵庫は大きくなったし、食べ物は潤沢にあるし、むしろあんまり食べ過ぎると太るから気を付けようと思うような年代になってきてはいるんですけど、心の糧は貪欲さを損ねることなく、やっていけたらいいナァなんて、なんかあんまり貪欲ではないまとめかたですけど、そんなふうに最近は思っているんですね。麦茶なんかを飲みながら。
2011年09月07日(水) 我慢ジャパン
じつは「なでしこ」という言葉の意味がまりよくわかっていなくて、職場でも「なでしこジャパン」のことが話題になるたびに、「なでしこっていうのは、なでなでシコシコ?ってことカネ?」などというしょうもない台詞が頭をよぎるのですが、それを職場で発言することによる影響を考えると、それは決して口に出してはいけない、という理性が働くのです。グッと我慢するわけであります。男は我慢。
2011年09月06日(火) ドラゴンクエストについて
先日発表になった新しいドラゴンクエスト。情報発信する側とユーザー側の温度差、そういったものを抱えながら、一昔前にメディアが猛プッシュしていたセカンドライフのときのように進んでいくのではないでしょうか。

とはいえ、色々と不評も多いようですが、スクウェア・エニックスのドラゴンクエストというブランドなわけでありますから、日本におけるメタバース的な位置づけとしては結構いい線いっちゃう気もしますが。

ただ、いわゆるユーザーの間口が広くなるというのは結構危ないトコロもあるわけでありまして、小中学生の女の子と中年のサラリーマンがコンタクトを取る、お友達になる、というような現実社会においては少し考えられないようなシチュエーションも、ドラゴンクエストネットワーク上においては結構すんなりとできてしまうわけでありますから、そういった面でのコミュニケーション上の社会問題というか、あとはアイテムのリアルマネートレード的な問題であるとか、そういったところが出てくるのではないかと思います。

もしかしたら、ドラゴンクエスト靴里箸のように、もう一度新聞紙上をにぎわすような社会問題になることを期待している可能性もありますが。たとえそのニュースが反道徳的な内容のものであったとしても。

マァ、庶民がなんだかんだいっても、結局売れるんだろうナァ。売れるようなものすごいプロモーションを仕掛けてくるんだろうナァ。楽しみ。
2011年09月05日(月) 「災害」の社会心理 / 関谷直也

「社会心理」というタイトルに釣られて購入したものの、中身の薄い、震災後に急いで書いたような内容のものとなっていました。ときにはこんなふうに買った本にガッカリすることもあるでしょう。それはそれでアリでしょう。
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