ORECHIGOKU

ひとこと

信頼できる情報源から入手したとされる根拠の無い情報によって、私達の心は、少しずつではあるけれど着実に、まるで万力のようにギリギリと、無自覚なままに蝕まれているのです。そのことに気づいてしまった私は、厳しい現実から逃げるように乳首ヶ丘の高台に登り、かつて過ごした穏やかな人たちとの日々を思い起こしています。その思いはいつか風に乗り、かつての信頼できる情報筋の人々の耳まで届きます。平穏だったはずの日々は、情報筋の人たちによって都合よく加工され、人々の食卓へと届けられます。それを口にした皆様の心はまた、ジワリジワリと蝕まれていくのです。

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このページと管理人について

H.B.ストラス
流浪のWEBクリーチャー。
世紀をまたいでなおもしぶとく続いている何だかわからない雑文が日々ダラダラと書き加えられていくというあまりエコ的な観点からするとエコではないサイトだかページだかマァなんて表現したらよいのかよくわからない今日この頃です。そんな感じでよくわからない人間がやってます。むしろ分ろうなんてしなくてイイんです。皆さんにはきっと他にもやるべきことがたくさんあるはずです。
Sorry Japanese Only
shiromuku(fs6)DIARY version 2.41

お知らせ

  • 画面を少し横長にしたり、ソースをキレイにしたり、画像をいろいろ変えました。<2017.03.5>
  • 気が付いたら表示が崩れていたので、少しスタイルシートを直しました。<2016.01.27>
  • ブツクサを右に。3カラムにしてみました。昔の雑なコーディングに悪戦苦闘。<2014.09.16>
  • ブツクサ言い始める。<2011.06.19>
  • 取り敢えず再公開。<2009.12.26>
  • さらに面倒くさくなったのでブログシステム的なものを導入しました。<2009.12.24>
  • 面倒くさい部分はDreamweaverさんにやって貰うことにしました。たまにはツールに頼ることも大切ですよね。そして思っていたよりもカシコイ<2009.1.14>

雑記

2011年06月27日(月) 笑ってアトム
今日乗ったJRの車両内で流れていたVTR。

「7月24日にアナログテレビは終了しますので」
「一人住まいのご老人などが急にテレビを観られなくなってしまうような事態が想定されますので」
「ご近所にお住いの一人暮らしのご老人や、遠方にお住いのご両親などには、デジタルテレビに移行できているか声をかけるようにしましょう」

とのこと。皆さん、そういうわけらしいので。以上、よろしくお願いしますということで。

今年の夏というのは色々なところが試されそうな気配。それまではせめて、冷房の効いた部屋でオヤスミ。
2011年06月26日(日) 免許力
免許の更新をしなくてはいけなかったことをすっかり忘れていました。こんなとき徒歩10分で試験場、というロケーションで本当に良かったと思います。まぁ次にこのロケーションに有難味を覚えるのは5年後なんですけど。

試験場では不注意により人をはね殺してしまった的なドラマビデオを視聴。このビデオを観たからといって特に明日からの生活や運転に対する心構えが変わるとは思えないのだけれど、もはや定番行事というか、試験場の講習といえばやっぱりこれだよナァ、としみじみしました。

講演のあったトコロは大学の教室のような木の長い机と椅子がバーッと段々になったスタイルの教室で、なんだか凄く懐かしくなりました。こういう環境でまた勉強をしたいナァなんて、思いました。あんのかな、そんな自習室的貸出環境は。探してみよう。
2011年06月21日(火) 僕のドラえもん

『ドラえもん』ファンの間でも"感動の名作"として支持が厚いストーリーだという『おばあちゃんのおもいで』が再度アニメ化だそうで。

なんだか、繰り返し作り直される“感動の名作”にやや釈然としない気持ちになるわけで。

どうせ作り直すなら、早いところ「ルパン三世」をやってほしいわけで。

テレビで繰り返し放送される愛とか夢とか希望とかは、全部「ルパン三世」が盗んでしまえばイイのに。

なんてな。
2011年06月20日(月) 青春センチメンタル

随分と夜が暑く、そして明るくなってきて、日が落ちてきてから徘徊するのにとてもよろしい感じになってきました。
まるで酔っぱらって終電を失い、歩いて帰ろうとした末に迷子になった時のように、知らない街の知らない住宅街などをトボトボと歩いてみると、なんだか心寂しいような何ともいえない気持ちになります。
いつまでもこの感覚を忘れないように、しっかりと二本の足で、色々なところを沢山徘徊していきたいものです。ぼんやりと色々なことを考えながら。
2011年06月19日(日) 退廃的な美術館で会った人のように

我が家の庭先に謎のキノコが大量発生。発生初日は何だかスーパーマリオの世界からニイハオしたかのような、食べてしまいたいくらいの可愛らしいプロポーションを誇っていたのに、今日はなんだかだらしなくカサを広げており、なかなかに退廃的な雰囲気を醸し出していました。まるで道端で朽ち果てた原付のように。それがまた人生の縮図のようでありまして、僕はこのキノコたちにより一層の愛おしさを感じたのですが、流石に食欲は失せました。道端に落ちているものはむやみに食べないようにしなくてはいけませんね。
2011年06月16日(木) みんなをうた

『みんなのうた』が昔の歌を夜、リバイバル気味に放送しておりまして、なんとなくあー、懐かしいナァと思いまして、HDD増設テレビの録画キーワードに『みんなのうた』を登録し、録れた番組を晩飯のときに観ています。

懐古主義的な感想になってしまうかもしれないのですが、昔の歌というのは色々と視聴者に考える余地を与えてくれる歌や、取り扱う題材があまりにも???なものも結構多くて、観ていて楽しいです。「ラッコラッコラララッコ♪」なんて最高ですね。バラエティにとんでいるのよね。

最近の歌はどうしても『愛』『がんばる』『ゆうき』『ハッピー』『スマイル』とかそういうような題材のものが多いですね。確かに今は「ラッコラッコラララッコ♪」なんていうノリじゃないですね。とすると『みんなのうた』というのは時代を映す鏡のような役割を担っているといってもいいのかもしれません。こんなこと考える人、多いんだろうけどサ。

とはいえ、なかには今の子どもが「ラッコラッコラララッコ♪」のメロディーに勇気づけられた。なんてエピソードがあってもいいような気もしますが。ちょっとその子どもは将来的に心配ですが。

とにかく今の子どもたちにとって、今の『みんなのうた』が心に残る忘れられない思い出の歌となってくれればいいナァと勝手なことを思った今日この頃のことなのでした。それが一番『ハッピー』なことさ。
2011年06月15日(水) 恥ずかしながらも

近頃ご無沙汰。90年代末期から細々とテキストをウェブで公開するという作業を繰り返しているせいか、なんとなくブログやツブヤキ的な軽いノリで書くことがためらわれてしまうというような気持が心のどこかにあるわけでありまして、何となくまとまった時間ができたら…、まとまった文章を…、アレもしたいしコレも本当はしたいんだけどネェ、なんていうことはずっと考えておりまして、結局その色々と考えている中で何もできずじまいに終わっていました。

しかしながら冷静に考えてみれば、そうやって思いを募らせている間にも時間というのはしっかりと過ぎて行ってしまうわけであります。ノーアウトプットライフ!だから、あんまり深く考えてやらないよりは思い立ったらすぐに行動あるのみシャ!というような形でこれからは生きたいと思うのです。

勢いがなくなったバンドでいうならば『初期衝動』みたいなものを求めるワルアガキのような感じもしますが、ワルアガかない人生よりはワルアガク人生のほうが面白そうというか、最近ちょっとすぐ諦念気味なので、えー、しぶとく、もう一丁!
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